コラム

iPS細胞が開く新たな糖尿病治療研究

最終更新日: 2024年05月13日

糖尿病の患者さんは世界に4億5100万人以上と言われています。からだの血糖をコントロールするインスリンという物質が足りなくなったり、うまく作用しなくなったりすることで発症します。

インスリンは膵臓にあるβ細胞から分泌されます。糖尿病の患者さんではβ細胞の機能が障害されています。特にインスリンがほとんど分泌されないタイプの糖尿病(I型糖尿病)では、生涯インスリン注射を手放すことができなくなってしまいます。

インスリン注射をしっかり行っていても、長年の糖尿病は腎臓や神経、目や心臓、血管などに合併症をおこすことが知られており、新たな治療法が求められています。また、糖尿病の発症には依然として不明な点が多く、疾患に対する理解を深める必要があります。

そこで大きな役割を果たすのが、iPS細胞です。ここでは、Cell Reports Medicineという権威のある雑誌に掲載された、iPS細胞を利用した新たな糖尿病研究、治療についてのレビュー論文(これまでの研究成果をまとめたもの)の内容を中心に、紹介します。

糖尿病に対する膵臓、膵島移植

膵臓の99%は消化吸収を助ける酵素を分泌する細胞で占められていますが、直径が0.1-0.3mmの別の働きをする細胞の塊が点々と散らばっており、それを膵島と呼びます。膵島には血糖を上昇させるα細胞、血糖を低下させるβ細胞があり、血糖値を一定範囲に保つ働きをしています。

I型糖尿病や膵臓を摘出する手術を受けた方、慢性膵炎などの方を対象に、他人の膵臓や膵島を移植する治療が近年行われるようになっています。しかし移植治療には、膵臓を提供するドナーの負担や、免疫拒絶反応が問題となります。 そこで、iPS細胞から膵島そのものや、膵島を構成する細胞を作成し移植治療に利用するという研究が進んでいます。

iPS細胞から膵島を作成する

「iPS細胞から膵島を作成する」といっても簡単ではありません。種々の小分子や成長因子を使用して誘導するのですが、意図しない細胞(オフターゲットといいます)ができてしまうことがあるからです。

最近10年ほどの研究により、iPS細胞から効率よく膵島の細胞を誘導することが徐々にできるようになってきました。具体的には、latrunculin Aという物質を使用してオフターゲットを取り除く、誘導の最終段階で再凝集させる(reaggregation)といった技術革新があり、研究が大きく進むこととなりました。

iPS細胞由来の膵島を利用した糖尿病の新規治療

iPS細胞を使用して膵島を作ることができれば、ドナーから採取することなく機能的な膵島が手に入るため、移植治療に使用することができます。この論文筆者のグループは、幹細胞に由来する膵島やβ細胞、その前駆細胞をマウスやラットに移植し、糖尿病の発症を予防、または糖尿病が改善することを示しました。

また、患者さんの組織から作成したiPS細胞に対して遺伝子操作を加える研究があります。同グループは、細胞に操作を加えることで糖尿病の原因となる変異遺伝子を修正できることを示しました。修正された細胞はマウスの実験に使用され、糖尿病を予防・改善することが確認されました。自身の細胞を使用した治療は拒絶反応を低減させる可能性があり、実現に向けて重要な結果であると考えられます。

iPS細胞を利用した糖尿病の疾患研究

糖尿病患者さんの組織からiPS細胞を作成し膵島を誘導すると、糖尿病を発症した状態の膵島を再現することができます。健常な方からも同時に膵島を作成し比較することで、糖尿病の発症メカニズムや遺伝子変異に関する疾患研究に活かすことができます。

この手法は糖尿病の中でも患者さんの数が少なく、患者さんの検体が手に入りにくいタイプ(若年発症成人型糖尿病、嚢胞性線維症関連糖尿病など)で特に有用で、iPS細胞を使用した研究から新たな遺伝子変異が数多く同定されました。

また、糖尿病を再現した膵島は薬剤の効果を確認するための材料となり、iPS細胞から多量に供給されることで多くの実験を行うことができるため、創薬につながる可能性があります。近年糖尿病の発症には細胞の中にある「小胞体」の機能が関係している可能性を指摘され、iPS細胞を使用した研究で結果が示されています。こちらも新たな治療対象になる可能性があり、注目を集めています。

今後の見通しと課題

iPS細胞を使用した糖尿病治療に期待されるのは、よりパーソナライズされた、オーダーメイドの治療です。それには技術面、コスト面で課題があります。

個人に合った糖尿病の移植治療を実現するためには、血液型とHLA型が一致した細胞を用意する必要があります。その解決策として、バイオバンクの整備があります。数多くの細胞を準備して貯めておくことで、個人の治療に適した細胞を迅速に準備することができます。

もうひとつ、自分自身の膵島を作成するという方法が考えられます。iPS細胞から膵島を誘導するための方法がより洗練されたものとなり、遺伝子工学的な介入が進むことで、患者さん自身の細胞を使用した治療が実現する可能性があります。これらは治療の個別化を強力に推進するだけでなく、コスト面での課題をもクリアできる可能性を持っています。

技術的な発展はiPS細胞を使用する場合に関わる、腫瘍形成の問題にも効果を発揮します。腫瘍を形成しようとすると細胞死を誘導するような、遺伝子編集の研究が進められています。

原著論文

Cell Rep Med. 2021 Apr 20;2(4):100238.  doi: 10.1016/j.xcrm.2021.100238.



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