最終更新日: 2024年05月13日
iPS細胞は、2007年に京都大学の山中伸弥教授によって開発されました。この細胞は、ヒトの体細胞に特定の因子を導入することにより、体のさまざまな組織や臓器を作る細胞へと変化する能力を持ち、また、ほぼ無限に増殖することが可能です。
近年、iPS細胞から卵子や精子のもとになる細胞を作製することに成功したというニュースがあります。この技術は、不妊治療の分野において新たな可能性を開くものとされています。
今回は、iPS細胞の不妊治療への応用の可能性について解説いたします。
iPS細胞を用いた生殖医療研究の進歩
マウスを用いた成功例としては、林克彦教授らの研究グループが、マウスのiPS細胞を使って、将来的に精子や卵子になる特別な細胞の作製に成功しました。通常、これらの細胞は胎児がお母さんのお腹の中にいる時に形成されます。林克彦教授らは、これらの細胞から実際に精子や卵子を育て、子マウスを生み出すことに成功しております。
さらに、斎藤通紀教授らはヒトのiPS細胞からも同様の特別な細胞を作ることに成功し、卵子になる前段階の細胞を作り出しました。ヒトのiPS細胞からこれらの細胞を作る技術が確立されたことは、不妊症の原因や遺伝病の研究に大きく貢献することが期待されます。実際に、日本や海外のベンチャー企業もこれらの技術を応用して、ヒトiPS細胞から卵子のもとになる細胞を大量に生産し、提供しています。しかし、この技術はまだ不妊治療には応用されていません。
別の研究グループは、ヒトのiPS細胞を使って受精卵のモデルを作り、その研究を通じて妊娠の初期段階である着床についての詳しいメカニズムを解明しました。妊娠が始まる過程では、ヒトの精子と卵子が受精し、その受精卵は細胞分裂を繰り返しながら子宮に運ばれます。子宮に到達した受精卵は、子宮の内膜の壁に着床することで、妊娠が成立します。この受精から着床に至るまでの複雑な過程が明らかになることは、不妊症の原因を理解する上で大きな進歩となるかもしれません。
iPS細胞を用いた生殖医療研究の今後の発展が期待されます。
倫理的問題
不妊に悩む方々にとって、iPS細胞を用いた不妊治療は望ましい選択肢のように思われるかもしれません。しかし、人為的に生命の根源を作り出すことには、さまざまな倫理的問題が伴います。
現在の日本の指針では、体外で精子や卵子を作製することは容認されておりますが、それらを用いた受精卵の作製は認められておりません。この技術による影響が社会や次世代に及ぶことを考慮すると、専門家だけでなく、社会全体で検討する必要があります。また、iPS細胞から作られた生殖細胞が安全かつ正常に機能するかどうか不明であり、遺伝的変異のリスクや長期的な健康への影響も懸念されています。
近年、一般市民を対象にヒトiPS細胞を用いた精子・卵子の作製と利用をめぐる意識調査が行われました。その結果によると、第一段階(iPS細胞を用いた精子・卵子の作製)まで受け入れられる人は26.8%、第二段階(受精卵の作製)まで受け入れられる人は25.8%、、第3段階(作製した受精卵で子供を産む)まで受け入れる人は25.9%でした。しかし、21.4%の回答者はいずれの段階でも受け入れがたいと答えています。
iPS細胞を用いた不妊治療に関する研究は着実に進歩しているものの、ヒトへの応用に関しては今後も慎重な社会的・倫理的な議論が求められるでしょう。
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