コラム

iPS細胞で角膜移植?

最終更新日: 2024年07月29日

iPS細胞は様々な細胞に成長することができるため、失われた体の機能や組織を取り戻す「再生医療」への応用が試みられています。2024年4月「角膜上皮幹細胞疲弊症」という難治性の目の病気に対して、iPS細胞から作った角膜を移植する治験の実施が発表されました。

角膜上皮幹細胞疲弊症とは聞き慣れない病名ですが、iPS細胞はこの病気に対してどのような治療効果が期待されているのでしょうか。この記事では、iPS細胞による角膜上皮幹細胞疲弊症の治療、角膜移植について、紹介したいと思います。

角膜上皮幹細胞疲弊症とは

角膜は目の中央にある、目の中に光を通すための組織です。血管を持たず、日本人では黒く見えるため黒目と呼ばれる場所です。外部の光は角膜を通って目に入り、目の細胞を通して画像として脳に認識されるため、角膜は視力に重要な役割を担っています。

角膜上皮幹細胞疲弊症は、角膜上皮の再生が十分に行われない疾患です。角膜上皮は、外部からの刺激や損傷によって傷ついた部分を修復するために、上皮幹細胞が再生を担っています。しかし角膜上皮幹細胞疲弊症では、この再生能力が損なわれており、角膜上皮の欠損や異常な再生が生じます。

角膜上皮幹細胞疲弊症の主な原因は、角膜上皮幹細胞の減少や機能の低下です。これは先天性の遺伝的要因や後天的な外傷、感染症、炎症などによって引き起こされることがあります。角膜の再生能力が損なわれると、隣接する結膜の細胞が角膜に侵入し広がるため、角膜が白い結膜で覆われてしまい強い視力障害を引き起こします。

角膜上皮幹細胞疲弊症の患者さんは年間約500人と推定されています。薬などで治療することは難しく、根本的には角膜移植が必要です。しかし亡くなった方から提供される角膜を使用するため、ドナーの不足や拒絶反応が問題になります。

そこで近年では自分の細胞を使用した再生医療が試みられており、大阪大学では口腔粘膜から作成した上皮細胞シートを角膜に移植する臨床試験を行いました。その結果2021年6月には培養自家口腔粘膜上皮シートが、角膜上皮幹細胞疲弊症に対する再生医療等製品として、製造販売承認を得ました。

iPS細胞を利用した臨床研究

大阪大学では、iPS細胞を使用した角膜上皮幹細胞疲弊症の治療についても、研究が進められてきました。iPS細胞は口腔粘膜由来の細胞と比較し、多分化能と増殖能に優れていると考えられます。研究が進められ、iPS細胞から角膜上皮前駆細胞を誘導、単離する方法、および移植可能なヒトiPS細胞由来角膜上皮を作製する技術を確立しました。

そして2019年3月からヒトを対象にした臨床試験を実施しました。4名の患者さんを対象に治療を行い、その結果重大な副作用の発生はなく、一部では視力の回復を確認するという、画期的な成果を残すことができました。

iPS細胞由来の角膜移植とは

今回発表された治験は、将来的な実用化を目指して行われるものです。2024年6月には治験届を提出し、年内に1人目の移植治療を実施する見込みです。早ければ2027年に実用化に向けて国に承認申請を目指すとしています。

角膜上皮幹細胞疲弊症では徐々に視力が低下し、光が失われていきます。iPS細胞を用いた角膜移植は、従来の移植手術では難しい患者に対する新たな治療法になる可能性を秘めています。将来的には、より安全で効果的な治療法として臨床現場に導入されることが期待されます。この治療法の研究と開発は、角膜上皮幹細胞疲弊症の患者さんにとって希望をもたらすことでしょう。