最終更新日: 2024年05月13日
iPS細胞は、体のさまざまな組織や臓器を作る細胞へと変化する能力を持っています。多くの病気に対する再生医療や創薬開発の研究が進められており、その研究は獣医学の分野でも進んでいます。
これまでにイヌ由来のiPS細胞は作られていましたが、最近になってイヌの尿に含まれる細胞からiPS細胞の作製に成功したと報告されました。従来、イヌのiPS細胞を作るためには生体から皮膚の一部を麻酔を用いて採取する必要がありました。 しかし、尿から細胞を採取する方法であれば、痛みや苦痛を伴わずに済むという利点があります。
今回は、イヌの尿からiPS細胞を樹立する方法について解説します。
イヌiPS細胞を用いた医療応用の可能性
犬が人間と同じ環境で過ごしてきた結果、彼らもまた多くの慢性疾患に悩まされるようになっています。実際に、人間に見られる病気の多くが犬にも共通してあるものと考えられています。
そのため、イヌiPS細胞を用いた研究は、犬種特有の遺伝子疾患の研究や再生医療に活用できるのはもちろん、疾患のモデル化や創薬開発など、多岐にわたるイヌの医療分野に貢献できる可能性があります。
さらに、iPS細胞のアプローチは、実験動物としての動物使用を減らすことにもつながると期待されています。
イヌ尿からのiPS細胞の作製
iPS細胞を作るためには、細胞を初期化(リプログラミング)させる因子を細胞に導入する必要があります。京都大学の山中伸弥教授により初めて樹立されたヒトiPS細胞は、細胞のリプログラミングに関わる4つの遺伝子(山中因子)を線維芽細胞(傷の治癒などに関わる皮膚の細胞)に導入して作製されました。
一方、イヌでも、山中因子を線維芽細胞に導入することで、iPS細胞を作製することは可能でしたが、イヌ細胞でのリプログラミング効率の低さが問題となっていました。
さらに、iPS細胞の生育環境もヒトとイヌでは異なり、イヌのiPS細胞を作製するためには、マウス由来のフィーダー細胞と呼ばれる補助細胞を一緒に培養する必要がありました。しかし、イヌへの細胞移植という再生医療での応用を目指す場合、異種(マウス)由来細胞はできるだけ避けたいという課題があります。
大阪公立大学の鳩谷晋吾教授らの研究グループは、痛みを伴わずに採取可能なイヌの尿由来細胞を用いて、iPS細胞を樹立することに成功しました。
線維芽細胞以外の細胞を用いてリプログラミング効率を大幅に向上させる目的で、鳩谷教授らは6つのキーとなる初期化遺伝子を特定しました。これらの遺伝子には、山中因子に加え、2つの新たな遺伝子が含まれています。特に、これら6つの遺伝子を導入することにより、従来の線維芽細胞を用いた方法と比較して、作製効率が約120倍に向上したことは注目に値します。
また、イヌのiPS細胞を作製する際に必須であったフィーダー細胞が不要になるという重要な進歩も報告されています。
まとめ
特定の犬種の細胞からのみiPS細胞を作っていては、研究の可能性に限界があります。また、疾患を抱えるイヌの病態を解明しようとした際に、病気の犬に麻酔をかけて皮膚を採取する方法は、イヌ自身はもとより、飼い主にとっても大きな負担となります。
獣医療の領域では、イヌの高度な医療への需要が高まっており、痛みを伴わない方法で採取できる尿由来細胞から作製したイヌiPS細胞を活用した新しい治療法の開発が期待されています。
※当社のパーソナルiPSはヒトを対象としたサービスです。イヌiPS細胞の作製は現在承っておりません。
参考文献
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