最終更新日: 2024年05月13日
2006年に初めて作製されたiPS細胞。初期のiPS細胞研究で用いられた方法では、細胞ががん化する可能性が懸念されていました。安全に治療を行うために、がん化を抑えることが重要な研究テーマとなり、様々な改良法が考案されてきました。
今回は、iPS細胞のがん化について解説していきます。
iPS細胞樹立方法とがん
iPS細胞を作るときには「リプログラミング」と呼ばれる操作が行われます。リプログラミングは、生体内に存在する細胞から人工的にiPS細胞を作製する操作で、元の細胞の性質を変えるためにリプログラミング因子と呼ばれる複数の遺伝子を細胞に導入する方法です。この影響で、細胞ががん化する可能性が懸念されていました。
リプログラミングの影響でがん化が懸念される理由のひとつは、リプログラミング因子を細胞に導入するための道具によるものでした。使用する道具には、大きく分けて3つ、ウイルス、DNA、RNAがあります。どの道具を使用したとしても、細胞の中のDNAを傷つけないように改変されたものが使用されています。それでも、道具が細胞内に長期間残り続けることと、細胞のDNAと結びつくことは、がん化のリスクとなります。
3つの道具のうち、がん化のリスクを克服するために考案されたのがRNAを使用する方法です。RNAは細胞内で速やかに分解されるため、リプログラミングを制御しやすく、また細胞内のDNAとは結合しないため、遺伝子を傷つける恐れがありません。そのため、安全性が高いと考えられ、最近では広く用いられるようになりました(リプログラミングの方法について詳しくはこちら)。
リプログラミング因子とがん
ここまでは、細胞内に因子を導入するための道具に焦点を当ててきました。もうひとつ、がん化が懸念されていた理由が、細胞に導入するリプログラミング因子そのものでした。
iPS細胞が開発された当初のリプログラミング因子には、がん化に関連する遺伝子が使われていました。因子によるがん化リスクについては早い時期から研究が進められており、がん化に関連する因子を使わずにリプログラミングを行う方法が模索されます。そこで、がん化に関連する遺伝子を他の遺伝子に代えてもiPS細胞を作ることができるようになり、現在では代わりの遺伝子が広く用いられています。
iPS細胞移植とがん
ここまで、iPS細胞作製過程の影響によるがん化についてみてきましたが、治療の過程でのがん化リスクについてもみていきましょう。
作製された後のiPS細胞は、そのまま治療に用いられるわけではなく、他の細胞に変化させてから治療に用いられます。ひとつ例を挙げると、ドパミンという神経伝達物質の不足により発症するパーキンソン病では、ドパミンを生み出す細胞をiPS細胞から作って移植するという治療が行われています(iPS細胞を使ったパーキンソン病治療について詳しくはこちら)。
このとき、移植する細胞の中に、目的の細胞にうまく変化できなかった細胞(未分化な細胞)が残っていると、そこから腫瘍が発生してしまう可能性が指摘されていました。そこで、移植する細胞に未分化な細胞が混入しないようにする方法が試みられます。今では、iPS細胞を目的細胞に変化させる効率を向上させることで未分化な細胞を減らすことが可能となりました。また、移植前に未分化な細胞を取り除く方法も考案されています。
まとめ
最後に、ここまで解説してきた、iPS細胞とがん化について振り返ります。iPS細胞が作製された当初は、確かにがん化が大きな課題でした。リプログラミングに関する課題では、がんに関連する因子の使用を回避できるようになったことと、道具として遺伝子に傷をつけないRNAが用いられることにより、がん化リスクはなくなりました。また治療での課題では、未分化な細胞を減らしたり除去することでがん化リスクを回避できるようになっています。
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